2008年04月18日
ネルソン・ロリハラハラ・マンデラの活動
すごい活躍した方だったんですね。
本当にビックリしました。
ネルソン・ロリハラハラ・マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela, 1918年7月18日 - )は南アフリカ共和国の黒人解放運動指導者、政治家、弁護士。賞歴としてネルー賞、ユネスコ平和賞、アフリカ賞、サハロフ賞、ノーベル平和賞、国際検察官協会名誉章受章など。称号には名誉法学博士(早稲田大学)など。
反アパルトヘイト運動により反逆罪として逮捕され長きに渡り刑務所に収容された。釈放後、アフリカ民族会議(ANC)の副議長に就任。その後、議長。デクラークと共にアパルトヘイトを撤廃する方向へと南アフリカを導き1994年に大統領に就任。民族和解・協調政策を進め、経済政策として復興開発計画(RDP)を実施した。1999年に行われた総選挙を機に政界から引退した。
来歴
1918年7月18日にトランスカイのウムタタ近郊クヌ村で、テンブ人の首長の子として生まれる。ウィトワーテルスランド大学法学部を卒業。在学中の1944年にアフリカ民族会議(ANC)に入党。その青年同盟を創設し青年同盟執行委員に就任して反アパルトヘイト運動に取組む。その後、1950年、 ANC 青年同盟議長に就任する。
1952年8月にヨハネスバーグにてオリバー・タンボと共に弁護士事務所を開業する。その年の12月にANC副議長就任。1958年ウィニーと結婚。1961年11月、ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)という軍事組織を作り、最初の司令官になる。それらの活動などで1962年8月に逮捕される。1964年に国家反逆罪終身刑となりロベン島に収監される。1982年、ケープタウン郊外のポルスモア刑務所に移監。この時、イギリス人傭兵の有志が集まってマンデラを救出する作戦が立てられたことがあったが、南アフリカ側への情報漏れで中止されたと言う(「ネルソン・マンデラ」 メアリー ベンソン著)。1989年12月にデクラーク大統領と会談。1990年2月11日に釈放される。釈放後、ANC 副議長に就任する。当時の大統領デクラークとの予備会談に ANC 代表として出席。1990年10月27日 ANC 代表団を率いて来日(11月1日まで)。
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